シチズン リングウオッチ ブルーグラデーションダイアル レディースアンティークウオッチ デッドストック

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シチズン リングウオッチ ブルーグラデーションダイアル レディースアンティークウオッチ デッドストック

腕時計概要

シチズンの指輪型時計(リングウオッチ)です。シチズン社はセイコーと並んで日本を代表する時計メーカーです。セイコー同様、多くのスポーツ大会の公式ウオッチを担当するなど世界的に有名な日本企業の一つです。シチズン社は1918年に「尚工舎時計研究所」として創業しました。1924 年に懐中時計「CITIZEN」を発売し、これが「シチズン」ブランドの発端となりました。1930年には「シチズン時計株式会社」が設立され、1936 年には現在の西東京市に田無工場が完成しました。戦時色の強まった1938年には軍部の意向により「大日本時計株式会社」へとの社名を変え、戦後はGHQ により工場が賠償施設指定されるなどの困難がありましたが、その後セイコー社と並ぶ国内時計メーカーとして成長しました。1948年に社名を「シチズン時計株式会社」に戻し、現在に至ります。時計メーカーとしての側面ばかりでなく、電子機器や電子部品メーカーとしての側面を持ち、時計においてもチタン外装や太陽光発電、電波修正など最先端の技術を取り入れたものを多く提供しています。

希少な指輪タイプの時計です。機械式時計の技術が円熟すると共に、女性用のムーブメントは小型化が進み、指輪の大きさに納めることが出来るようになりました。深い青色の文字盤は中心に向かって色が明るくなり、水中から見上げた太陽を連想させます。文字盤周囲をエナメル調の青いリングで装飾し、同じ青系でも変化のある表情が楽しめます。貴重な指輪時計であると同時にさらい数の少ないデッドストックの商品です。保管キズ程度の美品は他にはないでしょう。当時のタグも付属します。

現代では珍しい手巻きの腕時計です。手巻きとはゼンマイを動力とする機械式時計の一つです。竜頭を回してゼンマイを巻上げ、ゼンマイが徐々に解ける力で動きます。電池交換の必要もなく、「エコロジー」的観点からも見直されています。電池で動くクオーツと比べると若干精度が劣りますが、実用する上では全く問題のないレベルです。

ベースは腕時計ですので腕に着けたときよりも厚みは感じられるものの、ボリューミーな感じがかえってかわいらしく、指先で存在感をはなちます。同じ物を着けている人はまず出会わないであろうと思われる、レアなアイテムです。さまざまなファッションのアクセントとしてお使いください。普段腕時計は使わない、という貴女にもおすすめの時計です。プレゼントにも最適です。

腕時計データ

ブランドシチズン(CITIZEN)
商品名シチズン リングウオッチ ブルーグラデーションダイアル レディースアンティークウオッチ デッドストックシチズン リングウオッチ ブルーグラデーションダイアル レディースアンティークウオッチ デッドストック
特徴
掲載時価格58,000 yen
販売店レディースアンティークウオッチの販売・ドレス
在庫数SOLD OUT
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シチズンの情報

シチズンは日本においてセイコーに次ぐ時計メーカーであり、数多くのオリジナリティーあふれる腕時計を多数輩出しています。

創業地
日本
創業年
1918
創業者
山崎亀吉

シチズンの解説

ブランドの興り

シチズン社の前身である「尚工舎時計製作所」の設立は、第1次大戦終結した1918年でした。当時の日本では懐中時計が主流で、国内シェアの半分を輸入品に頼り、残り半分を服部時計店(セイコー)が生産していました。世界では、スイスとアメリカで総生産量の8割を占めており、「大量生産のアメリカ」が「品質とデザインのスイス」を追い抜き、時計産業のトップに君臨した時代でもありました。シチズンの創業者、山崎亀吉は銀座に時計貴金属店を構えており、明治から大正にかけて東京時計商工業組合の幹部を務め、業界全体の発展に貢献した人物でした。尚工舎設立後も時計製造に関して大変研究熱心で、その姿勢は技術革新に意欲的な現在のシチズンにも通じています。尚工舎として第1号の時計は、後の社名ともなる「シチズン」という名の懐中時計で、海外製の部品との互換性をなくすためあえて独自のネジを使用し、国産時計メーカーとしての自立を図りました。シチズンの名は当時の東京市長、後藤新平によって命名されました。その後の世界大恐慌の真っ只中であった1930年、シチズン株式会社が誕生します。それまでの懐中時計主流の時代から本格的に腕時計へと本格的に移行している時期で、シチズン株式会社は創立1年で自社初の腕時計を発表しました。最初の腕時計は、スイスのプルミエル・キットという安価な腕時計をモデルとしましたが、その後相次いで発表した製品では徐々に高級指向を打ち出していきます。1938年からは戦時下ということで社名の変更を余儀なくされ「大日本時計」に。1948年に再び「シチズン時計株式会社」を社名としました。戦後、腕時計はアナログからデジタルへ、機械式からクオーツへと変遷していくなか、シチズンは1960年頃から本格的に海外進出を始め、飛躍的な成長を遂げます。その結果、1993年には時計の生産量世界一を達成しました。2007年4月に持ち株会社「シチズンホールディングス」を設立し、現在に至っています。

技術のシチズン

尚工舎時代よりスイスの時計技術を熱心に研究し、時計学校を設立して技術者の養成に力を入れていた創設者の精神が、今でも「技術のシチズン」として強く反映されています。第2次大戦後、通産省による時計コンクールが1948年より行われていましたが、国産品と輸入品との品質に差がなくなったことを理由として1960年で打ち切られました。この頃よりシチズンの本格的な海外進出が始まり、国内他社に先行して海外に工場を設立するなど新たな展開を見せています。国内では最大手であるセイコーに次ぐ時計メーカーであり、国内初となる技術開発も多いのが特徴です。耐衝撃装置やアラーム機能、電子腕時計、アナログ&デジタル腕時計などがそれで、また音叉時計や耐圧1300mのプロダイバーズウオッチなどは世界初の開発でもあります。現在のシチズンはクオーツ時計が主流製品ですが、革新的な技術開発に余念がなく、エコ・ドライブ(太陽光発電)や電波による時刻修正などの特徴を備える高性能時計を発表しつつも、リーズナブルで親しみやすい製品も展開し続ける、その名の通り市民に愛される「世界の時計メーカー」になりました。