シチズン チャレンジタイマー クロノグラフ デイデイト メタリックグリーン文字盤

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シチズン チャレンジタイマー クロノグラフ デイデイト メタリックグリーン文字盤

腕時計概要

シチズンの自動巻クロノグラフ「チャレンジタイマー」です。腕に馴染むラウンドケース。「ミッキー」「ブルヘッド」「パンダ」「ツノ」など様々な愛称で呼ばれるモデルのひとつです。当時、日本の時計メーカーが自動巻クロノグラフを独自に完成させたことは、世界に驚きを与えました。程よい大きさですので体の大きくない日本人の腕にもよく似合います。国産腕時計技術の結晶とも言える、シチズンのマスターピースです。

シチズンは1918年に創業、100年近い歴史を持つ日本を代表する時計メーカーです。耐衝撃装置やアラーム機能、電子腕時計、アナログ&デジタル腕時計など国内初となる技術開発も多く、また音叉時計や耐圧1300mのプロダイバーズウオッチなどは世界初の開発でした。現在のシチズンはクオーツ時計が主流製品ですが、革新的な技術開発に余念がなく、エコ・ドライブ(太陽光発電)や電波による時刻修正などの特徴を備える高性能時計を発表しつつも、リーズナブルで親しみやすい製品も展開し続ける、その名の通り市民に愛される「世界の時計メーカー」となりました。

「国産自動巻クロノグラフ」といえばセイコーのスピードタイマーシリーズが有名ですが、その大きさと重さは手に取ったことのある方ならご存知のことでしょう。一方、シチズンのチャレンジタイマーの一番の魅力はその小さな筐体にあると言えます。小さい機械ながらも一切手抜きがなく、自動巻機構、デイデイト表示、クイックチェンジ、クロノグラフ機能に加え、現在でも高級機にしか採用されないフライバック機構まで備えています。

丸く盛り上がったラウンドケースは美しく、腕馴染みも最高です。現代の腕時計には見られない、古さと新しさが共存する稀有なデザインであるといえます。メタリックグリーンの文字盤は個性的ながら見ていて飽きの来ない絶妙な配色です。

現行品ではなくヴィンテージ、舶来ではなく国産、セイコーではなくシチズン、というように、「ナンバーワン」を外した選択ではありますが、このモデルを選ぶだけの理由が存在すると思わせる、魅力的な機能と物語とを秘めた一本です。国内で流通する状態の良い個体がますます少なくなり、当店でも入荷までにかなりの時間と手間をかけています。お早めの購入をおすすめします。

腕時計データ

ブランドシチズン(CITIZEN)
商品名シチズン チャレンジタイマー クロノグラフ デイデイト メタリックグリーン文字盤シチズン チャレンジタイマー クロノグラフ デイデイト メタリックグリーン文字盤
特徴
掲載時価格68,000 yen
販売店アンティーク時計通販専門店・タイムピース
在庫数SOLD OUT
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シチズンの情報

シチズンは日本においてセイコーに次ぐ時計メーカーであり、数多くのオリジナリティーあふれる腕時計を多数輩出しています。

創業地
日本
創業年
1918
創業者
山崎亀吉

シチズンの解説

ブランドの興り

シチズン社の前身である「尚工舎時計製作所」の設立は、第1次大戦終結した1918年でした。当時の日本では懐中時計が主流で、国内シェアの半分を輸入品に頼り、残り半分を服部時計店(セイコー)が生産していました。世界では、スイスとアメリカで総生産量の8割を占めており、「大量生産のアメリカ」が「品質とデザインのスイス」を追い抜き、時計産業のトップに君臨した時代でもありました。シチズンの創業者、山崎亀吉は銀座に時計貴金属店を構えており、明治から大正にかけて東京時計商工業組合の幹部を務め、業界全体の発展に貢献した人物でした。尚工舎設立後も時計製造に関して大変研究熱心で、その姿勢は技術革新に意欲的な現在のシチズンにも通じています。尚工舎として第1号の時計は、後の社名ともなる「シチズン」という名の懐中時計で、海外製の部品との互換性をなくすためあえて独自のネジを使用し、国産時計メーカーとしての自立を図りました。シチズンの名は当時の東京市長、後藤新平によって命名されました。その後の世界大恐慌の真っ只中であった1930年、シチズン株式会社が誕生します。それまでの懐中時計主流の時代から本格的に腕時計へと本格的に移行している時期で、シチズン株式会社は創立1年で自社初の腕時計を発表しました。最初の腕時計は、スイスのプルミエル・キットという安価な腕時計をモデルとしましたが、その後相次いで発表した製品では徐々に高級指向を打ち出していきます。1938年からは戦時下ということで社名の変更を余儀なくされ「大日本時計」に。1948年に再び「シチズン時計株式会社」を社名としました。戦後、腕時計はアナログからデジタルへ、機械式からクオーツへと変遷していくなか、シチズンは1960年頃から本格的に海外進出を始め、飛躍的な成長を遂げます。その結果、1993年には時計の生産量世界一を達成しました。2007年4月に持ち株会社「シチズンホールディングス」を設立し、現在に至っています。

技術のシチズン

尚工舎時代よりスイスの時計技術を熱心に研究し、時計学校を設立して技術者の養成に力を入れていた創設者の精神が、今でも「技術のシチズン」として強く反映されています。第2次大戦後、通産省による時計コンクールが1948年より行われていましたが、国産品と輸入品との品質に差がなくなったことを理由として1960年で打ち切られました。この頃よりシチズンの本格的な海外進出が始まり、国内他社に先行して海外に工場を設立するなど新たな展開を見せています。国内では最大手であるセイコーに次ぐ時計メーカーであり、国内初となる技術開発も多いのが特徴です。耐衝撃装置やアラーム機能、電子腕時計、アナログ&デジタル腕時計などがそれで、また音叉時計や耐圧1300mのプロダイバーズウオッチなどは世界初の開発でもあります。現在のシチズンはクオーツ時計が主流製品ですが、革新的な技術開発に余念がなく、エコ・ドライブ(太陽光発電)や電波による時刻修正などの特徴を備える高性能時計を発表しつつも、リーズナブルで親しみやすい製品も展開し続ける、その名の通り市民に愛される「世界の時計メーカー」になりました。