マリンクロノメーターと機械式天文時計で有名な「ユリスナルダン」は世界でもっとも複雑な機械式時計を作ることができる時計メーカーといわれています。天文三部作はコレクター垂涎の腕時計です。
ユリス・ナルダンの祖父であるジャン・レオナルド・ナルダンは土木関係の職人でした。彼がル・ロックル(スイス)に移り住むことからユリスナルダンの歴史は始まります。ル・ロックルは当時、一般鍛冶や鉄砲鍛冶の集まる村でしたが、18世紀初頭には技術のある職人が時計職人に転身することが多くなっており、ナルダン家も例外ではありませんでした。
ジャン・レオナルド・ナルダンの息子、レオナルド・フレデリック・ナルダン(ユリス・ナルダンの父)は時計職人として頭角を現し、多くの人から時計の注文を受けるようになりました。父子で技術を受け継ぐというル・ロックル地方の伝統に基づき、息子であるユリス・ナルダンも時計職人にならせるべく、当時時計職人の第一人者として知られていたフレデリック・ウイリアム・デュボアのもとにユリス・ナルダンを預けます。
その後父の元で経験を積んだユリス・ナルダンは、1846年に時計会社「ユリスナルダン」を創業します。ユリスナルダンの時計の評価は次第に高まっていき、その後、クロノメーターにおいて、得にさらなる高精度を求められるマリンクロノメーターにおいて数々の賞を受賞し、そのブランド力を不動の物にしていきました。
ユリス・ナルダンの死後、事業を受け継いだ息子のポール・ダヴィド・ナルダンは、優秀な時計職人であると同時に有能な経営者であり、ユリスナルダンはさらなる発展期を迎えます。当時、ユリスナルダン社が土曜日を半日労働とする英国式の労働システムを取り入れていたことや、会社で働く人たちのために年金制度を検討していたことは興味深いところです。
航海用の時計であるマリンクロノメーターの分野では市場をほぼ独占し、各国海軍にも採用されました。
1908年の東京万国博覧会では明治天皇と皇太子がユリスナルダン製の時計を購入しています。またセイコーがユリスナルダン、ロンジンの懐中時計を参考に製作した高級懐中時計は「セイコー社・ナルダン」として知られています。
高精度を売りにしていたユリスナルダンでしたが、当時多くの時計会社がそうであったように、クオーツの登場で窮地に立たされます。
経営に行き詰まり、ロルフ・W・シュナイダーに買収されたのと時を同じくしてルートヴィッヒ・エクスリン博士の復元した「アストロラーベ(天体掛け時計)」に触れたユリスナルダン社は「腕に着ける天文時計」の製作を決めました。完成した「天文時計三部作」はユリスナルダンの実力とその健在ぶりを世界に知らしめました。
アストロラビウム・ガリレオ・ガリレイは1983年に試作され、1985年のバーゼルフェアで発表されました。天球を模した文字盤上には、太陽と月の位置、ムーンフェイズ、日食と月食、主な恒星の位置を表示できる他、月と曜日を表示することができます。1・・・
>> ユリスナルダン アストロラビウム・ガリレオ・ガリレイの詳細
テリリウム・ヨハネス・ケプラーは1992年に約11,500,000円で販売されました。北極を中心とした地球を七宝で描いたディスクが文字盤中央に回っており、湾曲した針金で昼のエリアと夜のエリアを示します。月ディスクは地球と反対廻りに回り、月の・・・
>> ユリスナルダン テリリウム・ヨハネス・ケプラーの詳細
プラネタリウム・コペルニクスは1988年に販売されました。中央を太陽に、また中央から6時よりの位置を地球に見立てた文字盤。太陽の廻りを水星(反時計回り)、金星(反時計回り)、火星、木星、土星、黄道12宮の各ディスクが回っています。実際には木・・・
>> ユリスナルダン プラネタリウム・コペルニクスの詳細
| 年号 | ブランド | 出来事 |
|---|---|---|
| 1823 | ユリスナルダン | ユリスナルダンは1月22日にル・ロックルに生まれる。父レオナルド・フレデリック・ナルダンに初歩的な指導を受けた後、当時時計工の第一人者として知られていたフレデリック・ウイリアム・デュボアのもとに預けられる。 |
| 1846 | ユリスナルダン | ユリスナルダンが創業。最初の時計は創業後2年間、唯一の顧客であったルシアン・デュボイ(フランス)を通じて中南米へ輸出することを目的として作られた。 |
| 1860 | ユリスナルダン | 製造したポケットクロノメーターの評価用に高精度の天文レギュレーターを取得する。これは1768年にジャッケ・フレデリック・ハリエットによって作られたものであることがよく知られている。 |
| 1862 | ユリスナルダン | ロンドン万国博覧会の「複雑時計およびポケットクロノメーター部門」において「ザ・プライズ・メダル」を受賞する。 |
| 1865 | ユリスナルダン | 会社を現在の敷地に移動する。 |
| 1876 | ユリスナルダン | 2月20日にユリス・ナルダンが亡くなる。当時21歳のポール・ダビド・ナルダンが跡を継ぐ。 |
| 1878 | ユリスナルダン | ポール・ダビド・ナルダンが製作したポケットクロノメーターとマリンクロノメーターがパリ万国博覧会で金メダルを受賞する。 |
| 1890 | ユリスナルダン | クロノメーターに関する特許を二つ取得する。 |
| 1893 | ユリスナルダン | シカゴ大学の博覧会で最高賞を受賞。 |
| 1900 | ユリスナルダン | ポール・ダビド・ナルダンによってトゥールビヨン脱進機を備えたポケットクロノメーターが製作される。 |
| 1904 | ユリスナルダン | ロシアと日本の軍隊にマリーンクロノメーターを提供する。その後日本の皇室が主要な顧客となる。 |
| 1906 | ユリスナルダン | ミラン万国博覧会で金メダルを受賞する。 |
| 1908 | ユリスナルダン | 東京万国博覧会で明治天皇と皇太子がポケットクロノメーターを購入する。 |
| 1910 | ユリスナルダン | ブエノスアイレス記念万国博覧会で最高賞と金メダルを受賞する。 |
| 1911 | ユリスナルダン | ポール・ダビド・ナルダンが3つめの特許を取得。 |
| 1915 | ユリスナルダン | 米海軍天文台で60にもおよぶマリーンクロノメーターの中から一等賞を獲得。同時に開催された甲板ウオッチの賞では217もの出展があるのなか、上位5位のうち3席を占めた。 |
| 1916 | ユリスナルダン | 腕時計用の小型ムーブメントを製作。 |
| 1920 | ユリスナルダン | ポール・ダビド・ナルダンが死去し、息子であるアーネスト・ナルダン、ガストン・ナルダン、アルフレッド・ナルダンが事業を受け継ぐ。 |
| 1922 | ユリスナルダン | 米海軍天文台で行われたマリーンクロノメーターコンテストで上位3位を独占。東京万国博覧会では一等賞を獲得。株式会社化する。 |
| 1923 | ユリスナルダン | ニューシャテル天文台の国際クロノメーター大会でアーネスト・ナルダンがマリンクロノメーター賞を受賞する。 |
| 1935 | ユリスナルダン | 新しいスプリットセコンドクロノグラフで1秒間に10振動するムーブメントを採用する。 |
| 1939 | ユリスナルダン | バルセロナ、チューリッヒ、ニューヨークで行われた万国博覧会で金メダルを受賞。 |
| 1950 | ユリスナルダン | ニューシャテル天文台において、1901年来の全ての記録をルイ・オースブルグが調整したクロノメーターが破る。 |
| 1964 | ユリスナルダン | スイス万国博覧会で甲板時計が「prix d' honneur」を受賞。 |
| 1965 | ユリスナルダン | ベルンス(アメリカ)との共同経営になる。 |
| 1983 | ユリスナルダン | ロルフ・W・シュナイダーに買収される。 |
| 1985 | ユリスナルダン | 「アストロラビウム・ガリレオ・ガリレイ」を発表。 |
| 1988 | ユリスナルダン | 「プラネタリウム・コペルニクス」を発表。 |
| 1989 | ユリスナルダン | オートマタを備えた「サンマルコ」が製作される。 |
| 1992 | ユリスナルダン | 「テリリウム・ヨハネス・ケプラー」の発表により「トリロジー・オブ・タイム」が完成。 |
| 1993 | ユリスナルダン | サンマルコ「アウワーズトリッカー」、「クロワゾネ」ボートコレクションを発表。 |
| 1994 | ユリスナルダン | バーゼルフェアでGMT±特許の表示。 |
| 1996 | ユリスナルダン | 創業150周年記念。 |
| 1998 | ユリスナルダン | ボタンが一つの「プルソメーター」クロノグラフを発表。 |
| 2000 | ユリスナルダン | ドイツの時計雑誌「クロノス」の技術革新賞を受賞。 |
| 2001 | ユリスナルダン | 針無し、竜頭無しの「フリーク・セブンデイ・トゥールビヨン・カルーセル」で「クロノス」の技術革新賞を受賞。 |
| 2002 | ユリスナルダン | ウエストミンスター・カリヨン・ミニッツリピーター搭載の「チンギス・ハーン」を発表。 |
| 2003 | ユリスナルダン | 「チンギス・ハーン」で「クロノス」の技術革新賞を受賞。 「ソナタ」を発表。 |
| 2004 | ユリスナルダン | ミニッツリピーター「サーカス」を発表。ウオッチ・オブ・ザ・イヤー獲得。 |
| 2005 | ユリスナルダン | 「ローヤルブルートゥールビヨン」を発表。 |