優れた市場予測能力を持ち、なおかつその予測されたトレンドを開発という形で実現できる確かな技術力をもつ、腕時計業界を牽引するブランドのひとつです。
1791年、19歳の時計職人ジャン・フランソワ・ボットがジュネーヴに時計工房を設立。これがジラール・ペルゴの始まりである。創業者ジャン・フランソワ・ボットは時計職人として名を馳せただけでなく、近代的な生産ラインの確立など経営者としての才覚も優れていた。ジラール・ペルゴは顧客に多くの名士を抱えており、安定した経営を続けていた。ジャンの死後は息子や甥に経営が引き継がれるも、1906年にラ・ショード・フォンの有能な時計職人コンスタン・ジラール・ペルゴに会社は譲渡された。コンスタンはパリ万博で2度の金賞を受賞した傑作「スリー・ピンク・ゴールド・ブリッジ付トゥールビヨン」を生み出した人物で、彼の登場により技術力を誇る現在のジラール・ペルゴが誕生したと言える。
ジラール・ペルゴは、本格的な腕時計を世界で初めて量産したスイス屈指のマニュファクチュール(自社一貫生産)メーカーである。近年はトゥールビヨンやミニッツ・リピーターなどを次々とラインナップに加えるなど、機械式複雑時計を中心に展開する技術力誇る高級老舗ブランドである。企業哲学としては、デサインへの情熱と熟練した技術との調和と両立を目指しており、様々なサイズのコンプリケーションやムーブメントの生産など、研究開発に力を注いでいる。複雑時計を得意とするブランドでありながら、1970年にスイスで初めてクオーツ腕時計の工場生産を実施。この時ジラール・ペルゴが決定した32,687ヘルツの周波数は今日もクオーツ腕時計の世界規格として用いられている。しかしその後、クオーツ全盛期に機械式時計の復活に向け往年の名作レプリカに取り組むなど、常に時流の一歩先を行く先見の明を持つ。
1966年にニューシャテル天文台100年祭において、ジラール・ペルゴのハイビート機械式クロノメーターが100年記念賞を受賞した。「1966」は、その高評価を獲得した事績に敬意を表して名付けられ、ちょうど40年の節目にあたる2006年に発表さ・・・
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ww.tc(ワールド・ワイド・タイム・コントロール)シリーズの最大の特徴は、24のタイムゾーンとローカルタイムを同時に表示する機能にある。高度な技術だけでなく曲線美を活かしたエレガントなデザインで世界中を旅行する人々に人気を博したワールドタ・・・
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1945年に発表された腕時計の復刻版。1995年に登場。アールデコを基調に丸みをおびたレクタンギュラー長方形ケース。このモデルはサイズ展開も豊富で、様々なコンプリケーションを内蔵しメンズと同様のレディースモデルも存在する、ジラール・ペルゴの・・・
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| 年号 | ブランド | 出来事 |
|---|---|---|
| 1791 | ジラール・ペルゴ | 創業者ジャン・フランソワ・ボットがスイス、ジュネーヴに時計工房を設立。 |
| 1837 | ジラール・ペルゴ | ジャック・ボットとジャン・サミュエル・ロッセルが会社後継者になる。 |
| 1852 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラールがジラール社を設立。 |
| 1854 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラールがマリー・ペルゴと結婚。 |
| 1856 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラールは夫婦の姓を組み合わせ、ジラール・ペルゴ社をラ・ショ・ド・フォンに設立。 |
| 1867 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラールの「スリー・ピンク・ゴールド・ブリッジ付トゥールビヨン」がパリ万国博覧会で金賞を獲得。 |
| 1879 | ジラール・ペルゴ | ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が海軍用に2,000本の腕時計の制作を依頼。 |
| 1880 | ジラール・ペルゴ | ドイツ海軍に世界初の本格的腕時計(革製リストバンド時計)2,000個を納入。 |
| 1885 | ジラール・ペルゴ | ドイツ皇帝ウィルヘルム1世から注文を受け海軍将校用に革製リストバンド時計を製作。 |
| 1889 | ジラール・ペルゴ | 「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」発表、パリ万博にて金賞獲得。 |
| 1900年代 | ジラール・ペルゴ | フェルディナント・フォン・ツエッペリン伯爵が飛行船の滞空実験の記録にジラール・ペルゴの時計を使用。 |
| 1903 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラールーガレ・ペルゴがジラール・ペルゴ社後継者になる。 |
| 1906 | ジラール・ペルゴ | コンスタン・ジラール=ガレ・ペルゴがボット社を買収、ジラール・ペルゴ社と合併。 |
| 1928 | ジラール・ペルゴ | ドイツの時計師で、ミモ (MIMO)の所有者オットー・グラエフがジラール・ペルゴ社の株を買収。 |
| 1930 | ジラール・ペルゴ | 腕時計の売上が懐中時計の売上を初めて上回る。 |
| 1940 | ジラール・ペルゴ | ジラール・ペルゴはヨーロッパだけでなくアメリカ市場でも順調に発展。ミモは主にヨーロッパ市場で普及。 |
| 1940 | ジラール・ペルゴ | 防水加工された「シーホーク」誕生。 |
| 1945 | ジラール・ペルゴ | レクタンギュラーの腕時計が誕生。 |
| 1966 | ジラール・ペルゴ | 「ジャイロマティック」(36,000振動/時)を開発。 |
| 1967 | ジラール・ペルゴ | ハイビート機械式クロノメーターがニューシャテル天文台のクロノメーター試験に合格、交付書の7割がジラール・ペルゴ社に与えられた。 |
| 1970 | ジラール・ペルゴ | スイス初、クオーツ腕時計の工場生産を実施。 |
| 1975 | ジラール・ペルゴ | 八角形ベゼルとケース、一体化したベルトが特徴のスポーティーウオッチ「ロレアート」発表。 |
| 1981 | ジラール・ペルゴ | 懐中時計「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」のレプリカ製作を開始。 |
| 1991 | ジラール・ペルゴ | 創業200周年を祝い「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」を縮小した腕時計を製作。 |
| 1992 | ジラール・ペルゴ | イタリアの元カーレーサー、建築家であり企業家のルイジ・マカルーソがジラール・ペルゴ社の代表に就任。 |
| 1993 | ジラール・ペルゴ | ルイジ・マカルーソによってフェラーリとのブランド・ライセンス契約が実現。フェラーリの跳馬マークを刻印したスプリット・セコンド・クロノグラフを限定生産。 |
| 1994 | ジラール・ペルゴ | 超薄型自動巻ムーブメント「GP3000」「GP3100」発表 。 |
| 1998 | ジラール・ペルゴ | 時計ミュージアム開設のために、20世紀初頭の建物「ヴィラ・マルガリータ」を購入。 |
| 1999 | ジラール・ペルゴ | 自動巻の「スリー・ゴールド・ブリッジ付きトゥールビヨン」発表し、ジュネーブの国際高級時計展(SIHH)に初出展。 |
| 1999 | ジラール・ペルゴ | 「コラムホイール・クロノグラフ・ムーブメント」開発。 |
| 2001 | ジラール・ペルゴ | ビッグデイト表示やムーンフェイズインジケーターなどの新機能を導入。 |
| 2001 | ジラール・ペルゴ | ww.tcクロノグラフ(ワールド・ワイド・タイム・コントロール)機能やワールドタイム機能を搭載したクロノグラフを発表。 |
| 2003 | ジラール・ペルゴ | 新クオーツ・ムーブメントを発表。 |
| 2004 | ジラール・ペルゴ | スモール・コンプリケーションの機械式ムーブメント搭載レディースウオッチ「キャッツアイ」発表。 |
| 2004 | ジラール・ペルゴ | アメリカズカップでBMWオラクル・レーシングチームを後援。グシュタードに初のブティックをオープン。 |