時計の歴史

機械式時計以前

現代用いられるクオーツ時計や機械式時計が発明される以前にも、人間は様々な形で時間の計測や認識を試みていました。原始的な日時計から水や火の自然原理を利用した時計まで、機械式時計以前の時計を紹介します。

体内時計

体内時計「腹時計」というと冗談のように聞こえますが、道具としての時計が誕生する以前、人間の感覚による「時計」が生活に利用されていたであろうことは想像に難くありません。また、太陽の有無や高度の変化、潮の満ち引き、季節の移り変わりなど自然によるものや、月経や妊娠期間、睡眠といった生理的な根拠によるものまで、「時間」を感じることが出来る出来事は数多く存在していたのでしょう。

日時計

太陽の規則的な運行から「日」の概念を身につけ、さらに太陽によって生じる「影」と太陽の動きが同期することを学んだ人間は「日影棒(グノモン)」を発明し、直接太陽を見なくとも1日の時間の流れを確認することが出来るようになりました。以降、太陽の高さ(角度)の測定を組み合わることで、季節による変化を補正する術を身につけました。

水時計

雨の日や曇りの日、また夜間に時刻を知ることができないのが日時計の弱点でした。これを克服したのが「水時計(漏刻)」です。容器から水の滴下する速度がほぼ一定であることを利用し、水が流れ出す時間か水がたまる時間を計ることで時間を知る仕組みです。水圧や水温の影響を受けるため、高い精度の実現は難しい時計です。実際に使用された水時計は複数の箱を使用し、上段の箱から下段の箱に順次水を送る方法で水量を安定させ、精度を上げる工夫がなされています。最下段に備えられた「浮き」の浮き沈みによって時刻を読み取ります。

砂時計

砂時計水時計は優れた時計でしたが、液体であるが故に扱いづらく、また気温が低い場所では凍ってしまうなどの短所がありました。それにかわって登場したのが「砂時計」です。砂時計は現在でも身近な時計の一つです。

燃焼時計

線香やろうそく、ランプ、縄など、物が燃える速度で時間の経過をはかる「燃焼時計」も博く用いられました。

日時計、水時計、砂時計、燃焼時計などは主に公的な場所で用いられ、鐘などにより伝達することで市民の時刻の基準となりました。砂時計や燃焼時計は「時計」よりも「タイマー」の役割で用いられることが多かったようです。

機械式時計

機械式時計の誕生

13世紀頃、「おもり」を利用した初期の機械式時計「重錘時計」が発明されます。砂時計や水時計と同様、地球の重力が動力源です。前述のように初期の時計は個人が所有する物ではなく、公的な場所で使用され、それを市民に伝達する方法で利用していました。「重錘時計」も同様に、塔の上部に取り付けられることで街のどこからでも見ることができ、また同時におもりを長く「落とす」ことができ、結果長時間使用することができるという利点がありました。

重錘時計は調速機として棒テンプ、冠型脱進機をそなえていましたが、日差が約1時間前後ありました。そのため分針は備えておらず、時針のみで時刻を表示していました。

機械式時計の進化

15世紀末にペーター・ヘンライン(ドイツ)が動力ゼンマイを発明し、これを時計の動力として用いるようになりました。その後、17世紀半ばにはクリスチャン・ホイヘンス(オランダ)が「振り子の等時性」を利用することで調速機を進化させ、1673年にはウィリアム・クレメント(ドイツ)が「アンクル型脱進機」を、またホイヘンスが「ヒゲゼンマイを採用した円テンプ」を発明し、機械式時計の小型化がより進みました。

時計技術の完成と時計の普及

アブラアン・ルイ・ブレゲアブラアン・ルイ・ブレゲ(スイス)などにより進化を遂げた機械式時計は、その後人工ルビーの発明や合金技術の発展に伴い、ほぼ現在の機械式時計と変わらない姿となりました。それ以降、各メーカーは精度の向上と生産効率、販売効率の向上に注力しました。

ジュネーブ地域の時計産業

中世ヨーロッパではドイツ、フランス、イタリア、イギリスなどほぼ同じ時期に時計産業が起こりましたが、当時スイスは時計産業が盛んではありませんでした。しかしその後、ジュネーブにおいて16世紀に行われた宗教改革により職を追われた宝石職人が時計職人に転じ、また他地域からも大量の職人がジュネーブに流れ込んできたことをきっかけに時計産業の中心地となったといわれます。

腕時計の誕生

ブレスレットと時計

腕時計とは腕に着ける時計である、という見方をすれば、19世紀後半には女性用のブレスレットに時計を付随させた物が製作されたようです。

時計を腕につける工夫

ボーア戦争実用的な腕時計が誕生したのは戦場で兵士が懐中時計を腕に巻き付けて工夫したことが始まりのようです。1879年にはドイツ海軍が腕時計を製作させた記録が残っており、また1895年の日清戦争で、また1899年のボーア戦争でも腕に時計を装着した様子が写真として残っています。

腕時計の誕生

1902年にオメガが腕時計を商品化しました。当時の腕時計は小型の女性用懐中時計の竜頭位置を変え、革ベルトが使えるようにしただけの物でした。次第に腕時計専用ムーブメント、腕時計専用ケースの開発も進みますが、戦場以外で男性が腕時計を使用することはほとんどありませんでした。

カルティエ「サントス」と第一次世界大戦

アルベルト・サントス・デュモン1911年にカルティエ社が製作した「サントス」は、もとは飛行家であるアルベルト・サントス・デュモン(ブラジル)のために作られたものでしたが、軍用時計とは異なる洗練されたデザインが一般の男性にも受け、市販されるに至りました。その後、第一次世界大戦では腕時計が博く普及し、戦後には懐中時計メーカーの多くが腕時計の製作を手がけるようになりました。

クオーツ時計

クオーツ時計の誕生

セイコークオーツアストロン35SQベル研究所(アメリカ)で開発された「水晶時計」、またアメリカ国家企画局が開発した「アンモニア原子時計」で、精度競争は終焉を迎えます。その後、音叉時計など機械式時計とは異なる仕組みを用いた時計が登場しましたが、1969年にセイコーがクオーツ式腕時計を発売し、機械式時計業界に大きな影響を与えました。

クオーツショック

クオーツ登場後、多くの時計工房、また時計メーカーがその歴史に幕を閉じることになりました。特にアメリカの時計産業は壊滅的な打撃を受け、当時の時計会社として現在残っているのはタイメックス社のみとなっています。一方、スイスの時計業界も同時期に起こったオイルショック、国際為替の変動相場制導入により国際競争力を失い、多くの時計メーカーが消えて無くなりました。1990年代に機械式時計の再評価がなされるまで、機械式時計業界は低迷しました。

腕時計の現在

腕時計の低価格化

クオーツ腕時計の多機能化がすすみ、同時に低価格化もすすみました。また液晶表示の時計が登場すると腕時計の低価格化はさらに促進されました。

機械式時計の再評価

クオーツ時計がひととおり行き渡ると、今度は機械式時計の再評価がなされました。ブランドを買い戻したり、グループを組むことで経営を安定化させ、機械式時計業界は息を吹き返しました。2006年にはスイスからの輸入額において機械式時計が電池式時計を追い越すまでになりました。

コレクタブルアイテムとしての腕時計

1983年にスイス時計業界が満を持して発売した「スウォッチ」はシンプルな構造と低い価格帯、豊富なデザインを武器にファッションアイテムとして認知され、高い人気を集めしました。また同年、カシオ社から発売された「G-SHOCK」は、高い防水性能や頑丈さを前面に出したデザインなどで話題を呼び、ブームとなりました。いずれもコレクタブルアイテムとして現在でも多くの収集家が存在します。

腕時計を着けないという選択

時計の存在が当たり前となった現代、街には様々な時計があふれ、また携帯電話の普及とともに腕時計を身につけない人が増えていきました。それでも男性にとっては年齢を問わず身につけられる数少ないアクセサリーであり、また二極化する価格からステータス・シンボルとしての役割もさらに重みを増しています。

先進の時計技術

太陽発電を利用した電池交換不要な時計、手の動きで発電する腕時計、また標準時刻の情報を電波でうけとる電波時計など、時計の進化は現在も継続中です。